自画自賛することの大切さ
最近、仕事で最大級にショックを受ける出来事があった。出来事というより私の中では「外傷のない事件」に近かった。
詳しいことは書けないし思い出せば腹立たしさと怒りでいっぱいになるので書かないでおく。
色々あったけれどその中で私がかなり堪えたのが「見ず知らずの初対面のお客に、私が気にしている外見のコンプレックスをずけずけと罵られた」ことだった。
その日以来、なんとなく鏡を見れば顔の、身体のコンプレックスにばかり目が行くようになった。
「あの人」に会えて幸せに満ち溢れ、肌もツヤツヤ輝いてしっとりしているのに、目は私自身で粗探しをするようになり、否定の言葉ばかり思い浮かぶ。
鏡を見るのが辛くなった。
すごく悔しかった。
たかがお客の暴言、なんの意味ももたないとわかってはいるのに。
「あの人」は私をまっすぐにきれいだと言ってくれるのに。
きっと強く抱きしめられながら「そんなことないのに。きれいなのに。」って言われたら、辛い気持ちも吹き飛んでまた少しばかりの自信を取り戻せるだろう。
だけどまず、自分自身で何か行動を起こして、辛さから脱出できないか考えた。
そして、ひとつ行動に出た。
まさに悔しさをバネにして。コンプレックスの全てを払拭できるには到底及ばないが、長い目で見てひとつの選択肢は得た気がする。
「あの人」は私を「そのままでもきれいなのに」と言ってくれる。
今日、裸になって全身を鏡にうつした。
間違いなく「あの人」に愛されている身体。デコルテ、年齢のわりには締まった二の腕、腰のくびれからお尻のライン…
「あの人」に愛される様を思い出しながら目で撫でた。
汚くなんかない、醜くなんかない、
私はこんなに綺麗なんだから…
鏡を見ながら自画自賛した。なんだかすごく気分が良かった。
自画自賛できるってとても大切で必要なことだとあらためて思った。そして「あの人」にとっても会いたくなった。